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浦和地方裁判所 平成4年(ワ)808号 判決 1995年12月22日

主文

一  被告学校法人佐藤栄学園、被告山田道紀及び被告乙山春夫は、原告に対し、各自、金五五万円及びこれに対する平成三年一二月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告学校法人佐藤栄学園、被告山田道紀及び被告乙山春夫に対するその余の請求並びに被告丙川夏夫に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告学校法人佐藤栄学園、被告山田道紀及び被告乙山春夫の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1(当事者)について

1  請求原因1の事実は、被告山田、被告乙山及び被告丙川との間では争いがない。

2(一)  請求原因1(一)の事実のうち、原告、被告乙山及び被告丙川が平成二年四月に被告法人の設置する本件高校に入学するとともに同校の相撲部に入部したことは、被告法人との間で争いがなく、その余の点は、《証拠略》により認められる。

(二)  同(二)の事実は、被告法人との間で争いがない。

二  請求原因2(加害行為)について

1  右請求原因1の事実に、《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和四九年五月三〇日生まれで、気が弱く、控えめな性格であったが、幼いころから体が大きく、小学校三年生のころ、相撲を始めるようになった。そして、小学校六年生のころには、本格的に相撲のけいこをすべく、東京都内の丁原相撲道場に入り、千葉県戊田市内の中学校に通学するかたわら、右道場に通い続けた。

(二)  原告は、右道場で同い年の被告乙山(昭和四九年九月一三日生まれ)と知り合い、親しくなった。被告乙山は、抜群の実力を有し、小・中学生の全国大会で優勝するほどであった。他方、原告の実力は、千葉県内では上位にあったが、全国的にはそれほどでもなかった。

(三)  被告山田は、中学生のころから大学を卒業するまでの約一〇年間、相撲部の選手として活躍していた者であるところ、被告法人が設置する本件高校から相撲の強い学校にして欲しいとの要請を受け、昭和六三年四月、同校の事務職員として就職すると同時に、同校の相撲部のコーチに就任した。本件高校は、運動部の活動が盛んであり、相撲部の強化にも熱心であった。被告山田は、中学生の試合を観戦し、また、前記丁原相撲道場などにおいて中学生にけいこをつけるなどして素質のある部員をスカウトしていた。そして、被告山田は、右道場において、被告乙山に目を付け、被告乙山に対し、本件高校に進学してその相撲部に入部するよう熱心に勧誘した。その結果、被告乙山は、本件高校への進学を決意した。

原告は、親しくしていた被告乙山が本件高校への進学を決めたことから、本件高校の相撲部で被告乙山といっしょに相撲をしようと考え、被告山田の勧めもあって、本件高校に進学することとした。

被告山田は、被告乙山及び原告のほか、被告丙川(昭和四九年六月七日生まれ)らを本件高校の相撲部にスカウトし、これらスカウトされた者は、ともに平成二年四月から本件高校に入学することとなった。

(四)  ところで、被告山田は、相撲部を強化するためには、合宿及び体力づくりのための特別の食事が必要であると考えていたことから、原告、被告乙山らに対し、本件高校の相撲部にスカウトする際、相撲部に入ったら共同生活をする旨告げていた。また、保護者に対しても同様の話をしてその賛同を得ていた。

しかし、被告山田には、相撲部員の共同生活のためには本件高校の既存の運動部の寮は不適当であると思われた。そこで、被告山田は、被告法人の理事で本件高校の校長でもある佐藤栄太郎に対し、平成二年三月上旬ころ、相撲部専用の合宿所を新設するよう要望したが、佐藤校長は、相撲部だけを特別扱いすることはできないなどと答えて、これを了承しなかった。

(五)(1) そこで、被告山田は、同年四月に本件高校に入学する相撲部員の保護者と相談の上、同年三月中旬ころ、被告山田方のはす向かいの住居を賃料一か月四万五〇〇〇円で賃借し、そこを相撲部の合宿所とすることとした(以下「本件合宿所」という。)。本件合宿所は、木造平屋建てで、六畳間及び四・五畳間の二間並びにふろ、台所及び便所という構造であった。原告、被告乙山、甲田秋夫(以下「甲田」という。)らは、同年四月、本件高校に入学するとともに、本件合宿所に入り、本件合宿所における生活を始めることとなった。なお、被告丙川は、本件合宿所に入らなかった。

(2) 被告山田は、本件合宿所に入る部員の保護者との間で、<1>保護者は、毎月、一〇万七〇〇〇円を被告山田の妻名義の銀行口座に振り込み、被告山田は、右金員を本件合宿所の食事代、水道代、光熱費、家賃等の諸経費に充てる、<2>被告山田は、部員が相撲に強い精神と体をつくるよう指導し、食事に配慮する、<3>保護者が部員に与える小遣いは、原則として一か月五〇〇〇円とする旨取り決めた。なお、被告山田は、その後、保護者が取決めより多額の小遣いを与えているのに気がついたが、二万円程度までは黙認していた。

また、被告山田は、部員に対し、口頭で、<1>起床午前六時三〇分、就寝午後一一時、<2>掃除、洗濯等の日常生活は、部員が自主的に行う、<3>無断外泊禁止、<4>父兄等との面会は自由とする旨指示した。

(3) 本件合宿所における朝食は、当初、被告山田の妻が作っていたが、その後、被告山田や部員も作るようになった。被告山田は、おおむね、毎日、午後六時三〇分ないし七時ころ、本件合宿所に入っている部員とともに、本件高校から本件合宿所に戻った。夕食は、被告山田夫婦が作り、部員とともにとっていた。被告山田は、夕食をとりながら話をするなどして、毎晩約二時間を部員とともに過ごした。そして、被告山田は、おおむね、午後八時ないし九時ころには、自宅に戻っていた。

(4) 被告山田は、日ごろから、部員に対し、本件合宿所及び本件高校にある部室内の整理整とんについて注意していた上、毎日、本件合宿所及び部室内の状況を点検しており、部員の衣服や所持品が室内に放置されているということはなかった。

(六)  被告山田は、同年四月、相撲部の監督に就任し、同年五月一日、本件高校に対し、本件合宿所を設けた旨報告した。それまで、被告山田は、本件高校に対し、本件合宿所を設けたことを知らせていなかった。前記佐藤校長は、この報告を受けて、被告山田に対し、口頭で、保護者との間で常に緊密な連絡を図ること、食事について特段の配慮をすること、保護者の来訪を求めて諸事について相談することなどを指示するにとどまり、これ以後、本件高校は、本件合宿所の運営一切を被告山田に任せ、補助金の交付等の援助をすることはなく、また、本件合宿所の運営について、被告山田から定期的に報告を受けることも、被告山田に対し指示することも特になかった。

なお、当時、本件高校の運動部の中には、部員を監督宅に引き取って共同生活をしながら部員の育成指導をしているところもあった。

(七)  被告乙山は、本件高校の相撲部において、実力がずば抜けていた。ちなみに、原告と被告乙山が一〇番取り組んでも一〇番とも被告乙山が勝つという程度に、被告乙山の実力が圧倒的に原告の実力を上回っていた。また、平成二年当時の相撲部における原告の実力は、下位に位置していた。

被告乙山は、その実力から被告山田に目を掛けられ、二年生ながら相撲部の主将であり、同部の中心的存在であった。被告乙山は、気が短く、粗暴で自己中心的なところがあり、同部及び本件合宿所内で威張っており、自己の思うとおりにならないとしばしば他の部員に嫌がらせをしたりしていた。

被告乙山は、本件合宿所において原告と共同生活をするようになって以来、気が弱く、動作が緩慢で妙な行動をし、集団生活になじめない者と感じて、原告に対し、嫌悪感を抱くようになっていた。

(八)  原告は、平成二年五月ころ、被告乙山が甲田に対して嫌がらせをしているように思われたので、見るに見かねて被告乙山に注意した。被告乙山は、これを契機として、原告に対する嫌悪感を募らせ、原告が前記のとおり気の弱い性格であることにも付け込んで、原告に対し、そのころから平成三年六月までの間に、次の(1)ないし(9)に掲げる嫌がらせを行った。被告丙川も、原告に対し、次の(2)及び(9)に掲げる嫌がらせをした。

(1) 原告は、前記取決めにもかかわらず、母親から、毎月一〇万円程度の多額の小遣いを与えられていた。そこで、被告乙山は、原告が取決めに反する小遣いを受け取っていないかを調べると称して、本件高校の敷地内の部室及び本件合宿所において、無断で原告の所持品を検査した。そして、財布やキャッシュカードなどを一時取り上げたりした。

(2) 被告乙山及び被告丙川は、部室に附属するシャワー室において、原告に対し、わざと熱いシャワーを掛けては面白がっていた。

(3) 被告乙山は、本件合宿所において、原告をガス銃の射撃の的にした。

(4) 被告乙山は、本件合宿所において、柔道ごっこやプロレスごっこと称して原告の体の上にのしかかったり、寝技を掛けるなどして原告を苦しめていた。なお、被告乙山は、身長約一七八センチメートル、体重約一五五キログラムであり、原告は、身長約一八〇センチメートル、体重約一三五キログラムであった。

(5) 被告乙山は、練習後本件合宿所において試験勉強をしているときなど、原告が居眠りをしていると、原告のかかとの裏にライターの火を約三秒間つけ、熱い思いをさせて起こしたりした。

(6) 被告乙山は、かけごとが好きで、本件合宿所において、嫌がる原告をトランプとばくに引き入れ、自分が勝つまで勝負から解放しなかった。その結果、被告乙山は、原告に対し、数十万円勝ち、原告から支払を受けた。

(7) 原告は、母親から、平成三年二月、自宅において制服代として二〇万円の現金を受け取り、本件合宿所に持ち帰って、自己のかばんの中に入れた。その後、原告は、所用で本件合宿所を短時間離れ、再び本件合宿所に戻ったところ、かばんの中に入れておいた現金二〇万円がなくなっていることに気がつき、あたりを探した。すると、被告乙山が一万円札を扇のようにして持って顔をあおぐようにしているのが目に入り、原告が被告乙山に対して「その二〇万円をどうした。」と尋ねると、被告乙山は、「拾った。」と答えた。原告は、被告乙山に対し、「僕のかばんの中からじゃないか。」と聞くと、被告乙山が肯定したので、「それは制服代だから返してくれ。」と頼んだところ、被告乙山は、「制服代なら一〇万円もあれば十分だろう。」と答えた。原告は、小遣いについては前記のとおり月五〇〇〇円と取り決められており、このような大金を所持しているのを被告山田に知られると困ると考え、「口止め料として一〇万円を渡すから、残りは返してくれ。」と懇願し、被告乙山から一〇万円のみ返還を受けた。

(8) 原告は、平成三年四月ころ、電話を掛けるため本件合宿所を出ようとしたところ、被告乙山に呼び止められた。被告乙山は、原告に対し、「電話ならテレホンカードだけで十分だろう。財布は要らないだろう。」と言った。原告は、その時財布を所持していたが、被告乙山に言われるままに、財布からテレホンカードを取り出し、他の所持品を自己の荷物置場に置いた。その際、原告は、被告乙山から因縁をつけられないようテレホンカード以外には所持品のないことを確認し、被告乙山に対し、テレホンカード以外には何も所持していない旨告げたところ、被告乙山は、「本当にないんだな。何かあったらどうするんだ。」と尋ねた。原告は、テレホンカード以外に所持品がないことを確認していたので、確信をもって、「何もない。」と答えた上、「何かあったら一〇万円やるよ。」と軽い気持ちで付け加えた。すると、被告乙山は、「じゃあ、体を探すよ。」と言って、原告のズボンのポケット等を調べ、「一〇〇〇円入ってるじゃないか。」と左手の中から千円札を取り出し、「一〇万円ごっつあん。」と言った。原告は、被告乙山と交渉しようと思わないではなかったが、下手に逆らうとまたどんな嫌がらせをされるとも分からないと不安になり、結局、その二、三日後に一〇万円を被告乙山に支払った。

(9) そのほか、原告は、被告乙山から数回にわたり同被告所有の中古品のポーチ、CDボックス、財布等の、被告丙川から同被告所有の中古品のCDの買取りを求められ、欲しい品物ではなかったが、不承不承これに応じた。

(九)  原告は、うかつに逆らうと将来再びどんな嫌がらせをされるか分からないとの不安が先に立ち、嫌がらせをする被告乙山及び被告丙川に対して強く抵抗することができなかった。

原告は、両親を心配させたくないとの思いから自分が嫌がらせを受けていることを打ち明けず、また、監督の被告山田に対しても、被告乙山をひいきしているとの不信感を抱いていたことから、自分が嫌がらせを受けていることについて相談しなかった。

(一〇)  原告の母親である甲野花子(以下「花子」という。)は、平成二年六月ころ、甲田の母親から、原告が被告乙山にいじめられている旨の電話を受けた。本件合宿所に入所している部員の保護者及び被告山田は、同年八月一九日、会合を開いた。その席上、花子は、被告山田に対し、原告が被告乙山からいじめられているとのうわさについて、その真偽を確かめた。それに対し、被告山田は、そのような事実はないと否定した。

(一一)  花子は、平成三年三月に入ると、原告から、しきりに金を無心されるようになり、新規に信用金庫に原告名義の普通預金口座を開設した上、同月には三〇万円、翌四月には二回にわたり合計六〇万円、同年五月には二〇万円を原告名義の普通預金口座に振り込んで送金した。原告は、随時それを引き出し、預金残高は、同年六月三日現在、七三円だった。

花子は、同年六月、原告が自宅に帰った際、原告に対し、これだけの多額の現金を必要とする理由を問い詰めたが、原告は「とにかく金が要る。」などと答えるばかりであった。

(一二)  被告山田は、平成三年六月、本件合宿所にしばしば出入りしていた知人の雨宮良子から、原告と被告乙山とが本件合宿所においてトランプとばくをしていると聞かされ、原告及び被告乙山に確認の上、右両名を叱責した。そして、被告乙山に対し、とばくに勝って原告から支払を受けた現金を清算するよう命じた。被告乙山は、原告に対していくら勝ったか明確でなかったことから、原告と話し合った結果、三〇万円を原告に支払うことによって清算することとし、原告に対し、三〇万円を支払った。

ところが、原告及び被告乙山の各両親が同年七月ころ被告山田方に集まった際、原告の両親は、被告乙山の両親から、被告乙山が実際に原告から受け取ったのは一五万円にすぎないから一五万円を返すよう強く求められ、言い争いとなった。原告の両親は、やむなく、被告山田に対し、一〇万円を預けて被告乙山に返すよう頼み、その後、被告山田は、被告乙山の両親に対し、右一〇万円を渡した。

しかし、原告の両親は、原告がその後「実際には、被告乙山に少なくとも八〇万円は取られた。」と話していたことから、納得することができず、原告に真実を打ち明けるよう説いたが、原告は応じようとしなかった。

(一三)  原告は、平成三年八月、静岡県で開催されたインターハイに参加した。このインターハイにおいて、本件高校は、二年生主体のチームであったにもかかわらず、ベストエイトまで進出し、原告も、団体戦において、四勝二敗という予想外の好成績を収めた。

原告は、インターハイが終わると、自宅に帰ったが、花子に小遣いの使途について追及された。そこで、原告は、花子に対し、被告乙山及び被告丙川から前記のような嫌がらせを受けていたことを打ち明けた。そして、それ以後、本件合宿所には戻らず、本件高校に通学することもやめ、本件高校を退学するに至った。

2  次に、右に認定した以上の加害行為が存在したとする原告の主張・証拠及び右認定に反する被告の主張・証拠について、順次検討することとする。

(一)  原告は、被告乙山が相撲のけいこの際に原告の相手をせずに無視するいじめをしたと主張し、《証拠略》中には、これに沿う供述部分がある。

確かに、《証拠略》によると、被告乙山が原告と取り組む回数は少なかったことが認められるものの、他方、《証拠略》によると、相撲においては、勝ち残りの練習方法が採られていることから、実力のある選手は、同程度の実力のある選手と取り組むことが多くなることが認められ、前示のとおり、原告の実力は、被告乙山の実力をはるかに下回り、本件高校の相撲部内においても下位に位置していた事実をもあわせ考えると、被告乙山と原告との取組回数が少なかったことは格別不自然ではないというべきであり、この点に照らすと、前記各証拠は、いずれも採用することができず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

(二)  原告は、いずれも多数回にわたり、被告乙山によって不意に急所を強く握られたり、蹴られたりし、また、被告丙川によって部室においてキャッシュカードを盗まれたとそれぞれ主張し、《証拠略》中には、これに沿う部分がある。

しかしながら、《証拠略》によると、原告は、司法警察職員の取調べに対し、平成三年一一月二八日から平成四年一月八日までの間に、被告乙山及び被告丙川の加害行為について詳細に供述しているにもかかわらず、被告乙山による急所の攻撃及び被告丙川によるキャッシュカードの盗取に関する供述は一切していないことが認められ、また、《証拠略》によると、原告は、被告らの加害行為について逐一記録していたわけではなく、司法警察職員の取調べにおける供述及び陳述書は、ともに専ら原告本人の記憶に基づくものであること、司法警察職員の取調べの際、急所の攻撃及びキャッシュカードの盗取の点を供述するにつき何ら支障となるものはなかったことが認められ、さらに、《証拠略》中には、司法警察職員の取調べにおける供述よりもその後に作成された陳述書の記載の方が正確である旨の供述部分があるものの、その理由については結局のところ明確ではないことをもあわせ考えると、前記各証拠は、いずれも採用することができず、他に原告の前記主張を認めるに足りる証拠はない。

(三)  原告は、別紙被害一覧表の「被害金額」欄記載のとおり、被告乙山及び被告丙川の加害行為によって、同被告らに対し現金の支払を余儀なくされた旨主張し、《証拠略》中には、これに沿う部分がある。そして、前示1(八)(7)及び(8)のとおり、原告は、被告乙山に対し、合計二〇万円の支払を余儀なくされたことが認められる。

しかしながら、同欄に記載されているその余の「被害金額」については、平成三年一一月二八日から平成四年一月八日までの間の司法警察職員の取調べにおける供述とその後に作成された陳述書の記載との間に大きな差異があるところ、前示のとおり、右供述及び陳述書の記載は、ともに専ら原告本人の記憶に基づくものであり、右陳述書の記載の方が正確である旨の原告本人の供述(第一回)は、その理由が明確でなく、たやすく信用することができず、また、前示のとおり、原告は、平成三年三月から五月までの間、その普通預金口座に花子が振り込んだ多額の金員を随時引き出していることが認められるものの、《証拠略》によると、原告自身、右口座から引き出した金員のうちから、自転車三台合計約七万五〇〇〇円、一日当たり約二〇〇〇円の夜食代等小遣いとして三か月で合計約一八万円及び薬代として約三〇万円を費消したことを認めているほか、《証拠略》によると、ゲームセンターで一回に八〇〇〇円も費消することがあるなど、金遣いが荒かったことがうかがわれることなどをも考えあわせると、右預金口座から随時引き出した金員のうちどれが被告乙山及び被告丙川に対して支払われたものであるかを特定することは困難であって、これに反する同一覧表中の前示1(八)(7)及び(8)を除く「被害金額」に係る前記各証拠は、いずれも採用することができず、他に原告の前記主張を認めるに足りる証拠はない。

(四)  被告乙山及び被告丙川は、前示1(八)の各加害行為をいずれも否認し、これに沿う証人甲田の証言並びに被告乙山及び被告丙川の各本人尋問の結果(同被告らの陳述書を含む。)が存在する。

(1) 例えば、被告乙山は、原告がキャッシュ・カードや財布を本件合宿所や部室内に放置していたことから、拾って原告に手渡したことはあっても、それらを無断で取り上げたことはない旨供述する。

しかしながら、証人甲田は、被告乙山において、原告が取決めに反して多額の小遣いをもらっていることを知っており、原告が取決め違反の小遣いをもらっていないか確認するため、原告の所持品を調べていたことを証言しており、また、前示のとおり、被告山田が、毎日、本件合宿所や部室内の状況を点検していたが、室内に所持品等が放置されていることはなかったことをも考えあわせると、被告乙山の右供述は、たやすく信用することができない。

(2) また、被告乙山及び被告丙川の各本人尋問の結果中には、前示加害行為の認定に沿う同被告らの司法警察職員に対する各供述調書について、これらには虚偽の事実が記載されており、司法警察職員に威迫されるなどしたため弁解を記載してもらえなかった旨の供述部分があるところ、右各供述調書には同被告らの言い分も十分に記載されていることに照らすと、同被告らの右供述部分は、たやすく信用することができない。

(3) さらに、《証拠略》によると、甲田は、平成二年末、原告が被告乙山によっていじめられていると認識していたことが認められ、右事実に照らしても前示1(八)の各加害行為を否定する冒頭掲記の各証拠は、信用することができない。

(五)  《証拠略》中には、前示平成二年八月一九日の会合の際にいじめの話題が出たり、被告山田が花子に対しいじめの事実を否定したりしたことはない旨の供述部分があるが、《証拠略》に照らして信用することができない。

三  請求原因3(責任原因)について

1  被告乙山について

被告乙山は、原告に対し、二において認定したとおりの加害行為をした本人であるから、民法七〇九条に基づき、右加害行為により原告が被った後記損害を賠償すべき義務を負う。

2  被告山田について

本件高校の相撲部の活動は、課外のクラブ活動とはいえ、本件高校の教育活動の一環として行われていたものであり、かつ、前示のとおり、本件合宿所は、相撲の強い学校にして欲しいとの本件高校からの要請の下に、被告山田において、これを実現すべく設置したことなどに照らして、本件高校の相撲部の活動と密接な関係にあることも明らかである。

そして、被告山田が、部室における部員の生活はもとより、右のとおり、本件高校の相撲部の強化という目的の下に設置し、運営してきた本件合宿所における部員の生活についても、本件高校の相撲部の監督として、これら部員を指導監督すべき立場にあったことは明らかであり、殊に、本件合宿所においては、未成年者である部員らを親権者から預かる立場にあったのであるから、より一層注意深く指導監督すべきことが求められていたというべきであり、本件合宿所における部員による他の部員に対するいじめ、加害行為等についても、その発生を未然に防止し、部員の生命、身体、財産などを保護すべき注意義務をも負っていたと解される。

加えて、被告山田は、前示のとおり、花子から、相撲部におけるいじめの事実の有無について確かめられ、かつ、それまでの言動等を通して原告、被告乙山ら部員の性格を把握していたと考えられることからすると、被告乙山による原告に対する加害行為を認識ないし予見することは十分に可能であったと解される。

しかるに、被告山田は、これら部員の観察等の注意義務を怠った過失により、被告乙山による原告に対する加害行為の継続を放置し、その結果、原告は、後記損害を被ることとなったものであるから、被告山田は、民法七〇九条に基づき、原告が前示の加害行為により被った後記損害を賠償すべき義務を負う。

3  被告法人について

前示各事実に照らすと、被告法人は、被告山田の使用者であり、被告山田の前記注意義務違反は、教育活動という被告法人の業務の執行についてされたものであることが明らかであるから、被告法人は、民法七一五条に基づき、原告が前示の加害行為により被った後記損害を賠償すべき義務を負う。

4  被告丙川について

被告丙川は、前示二1(八)(2)のとおり、部室に附属するシャワー室において、原告に対し、わざと熱いシャワーを掛けては面白がっていたという嫌がらせをしたことが認められるものの、右行為は、日常よく見られるいたずらの域を超えるものではなく、それ自体些細なものであるというべきであり、また、同(9)のCDを売りつけた件についても、それだけでは取り立てて問題とすべきほどのことではないといってよいから、右各行為につき民法七〇九条の違法性を認めることは困難である。

したがって、原告の被告丙川に対する請求は、理由がない。

四  請求原因4(損害)について

1  財産的損害 二〇万円

前示二1(八)(7)及び(8)のとおり、原告は、被告乙山の加害行為により二〇万円の支払を余儀なくされたことが認められる。

なお、原告は、これ以外に、被告乙山の加害行為により八二万九〇〇〇円の財産的損害を受けた旨主張するが、二2において検討したとおり、これを認めるに足りる証拠はない。

2  慰謝料 三〇万円

前示二1の事実関係によると、原告が、被告乙山の度重なる加害行為によって精神的苦痛を受け、ついには本件高校を退学するのやむなきに至ったことは、十分これを推認することができる。

他方、右事実関係に照らすと、本件加害行為は、親権者が原告に対して本件合宿所の取決めに反して非常識ともいえるほど多額の小遣いを与えていたことやこれを含めて集団生活になじめない原告の性格的な問題などに誘発された側面を有することもあながち否定することができない上、原告としては、親権者や監督である被告山田に相談するなどして事態を改善することも十分に可能であり、その機会も十分に存在したにもかかわらず、事態改善に向けての努力を怠ったことも、ここまで事態を深刻にした大きな原因であるといわざるを得ない。

以上のような加害行為の態様、程度、加害行為に至る経緯、原告の加害行為に対する対応の仕方など、本件における諸般の事情を総合すると、原告の精神的苦痛に対する慰謝料は、三〇万円をもって相当とする。

3  弁護士費用 五万円

弁論の全趣旨によると、原告は、本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約束したものと認められるが、本件事案の性質、認容額その他諸般の事情を考慮すると、原告が本件加害行為による損害として賠償を求めることができる弁護士費用は、五万円をもって相当とする。

五  結論

以上によると、原告の本訴請求は、被告法人、被告山田及び被告乙山各自に対し、不法行為による損害賠償請求として、五五万円及びこれに対する不法行為の後である平成三年一二月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、被告法人、被告山田及び被告乙山に対するその余の請求並びに被告丙川に対する請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

別紙 被害一覧表(加害者 乙山)

年・月・日、暴行・脅迫等の内容、被害金額

平成二年五月上旬、部室で右足で急所を蹴られ金を要求、五百円

三日後、部室で右手で急所を力いっぱい強く握られ金を要求、千円

同月中旬頃、合宿所で右手で急所を殴られ金を要求、千円

同月、その他に同じような暴行をくりかえされ、金を要求、五百円を一回と千円ずつ四回

合計 七千円

同年六月、合宿所で右足で急所を蹴られたり、右手で急所を殴られたりして金を要求、千円ずつ四回

合計 四千円

同年八月下旬、キャッシュカードを盗まれ、返してほしけりゃ金払えと脅迫、千円

三日後、やはり、キャッシュカードを返してほしけりゃ金払えと脅迫、三千円

合計 四千円

同年九月、右同様にキャッシュカードを返してほしけりゃ金払えと脅迫、三千円ずつ三回

合宿の時、痛めた左ヒジを逆十字で痛め付けられ金を要求、五千円ずつ三回

合計 二万四千円

同年一〇月、合宿所で右手で急所を殴られ金を要求、五千円ずつ三回

キャッシュカードを盗まれ、返してほしけりゃ金払えと脅迫、一万円

合計 二万五千円

同年一一月、合宿所で右足で急所を蹴られ金を要求、一万円ずつ二回

右同所で右手で急所を殴られ金を要求、一万円

年・月・日、暴行・脅迫等の内容、被害金額

同年一一月、キャッシュカードを盗まれ、返してほしけりゃ金払えと脅迫、一万円ずつ三回

合計 六万円

同年一二月上旬、熱いシャワーをかけられ金を要求、一万円

同月中旬、キャッシュカードを盗まれ、返してほしけりゃ金払えと脅迫、一万円ずつ三回

合計 四万円

平成三年一月中旬、衣裳ケースから財布を取られ、返してほしけりゃ金払えと脅迫、二万円

同月、その他、キャッシュカードを盗まれ、返してほしけりゃ金払えと脅迫、二万円

合計 四万円

同年二月一五日頃、合宿所で賭博を強要され、負けを理由に金を要求、四万円

同月、制服を買うために母から受け取った金二〇万円を乙山が拾ったといい、金をもってないお前がこんなに持っているのだから口どめ料をだせと脅迫、拾万円

合計 拾四万円

同年三月、博打を強要され負けを理由に金を要求されて、六万円

キャッシュカードを盗まれ、返してほしけりゃ金払えと脅迫、一万円ずつ二回

合計 八万円

同年四月、合宿所で博打を強要され、負けを理由に金を要求、二拾万円

キャッシュカードを取られ返してほしけりゃ金払えと脅迫、三万円ずつ二回

年・月・日、暴行・脅迫等の内容、被害金額

同年四月、電話を掛けに行くといったら、乙山からお金は持っていくな、金は持ってないだろうな、といわれ、持っていない、と言うと、乙山がポケットの中を捜し、ないはずの千円札(小さく丸まっていた)がでてきたとして金を要求、拾万円

合計 三拾六万円

同年五月、合宿所で衣装ケースから五万円がなくなり、治療に行く金がないから返してくれ、といったところ二万円返してくれた、三万円

キャッシュカードが盗まれ、返してほしけりゃ金払えと脅迫、三万円ずつ三回

博打を強要され負けを理由に金を要求、五万円

合計 拾七万円

同年六月、合宿所でガス銃で顔から下を手当たり次第に撃たれて金を要求、三万円

合宿所で両手で首を絞められて金を要求、一万円

合宿所でライターで右足のかかとを焼かれて金を要求され(その後も十数回)、五千円

博打を強要され負けを理由に金を要求、三万円

合計 七万五千円

以上合計 百二万九千円

被害一覧表(加害者 丙川)

年・月・日、暴行・脅迫等の内容、被害金額

平成二年一〇月、部室でキャッシュカードを盗まれ、返してほしけりゃ金払えと脅迫、五千円

同年一一月上旬、部室でキャッシュカードを盗まれ、返してほしけりゃ金払えと脅迫、五千円ずつ二回

合計 一万円

同年一二月上旬、部室で熱いシャワーをかけられ金を要求されて、五千円

同月、部室でキャッシュカードを盗まれ、返してほしけりゃ金払えと脅迫、五千円ずつ二回

合計 一万五千円

平成三年一月、部室でキャッシュカードを盗まれ、返してほしけりゃ金払えと脅迫、五千円

同年二月、部室でキャッシュカードを盗まれ、返してほしけりゃ金払えと脅迫、五千円

熱いシャワーをかけられ金を要求、五千円

合計 一万円

同年三月、部室でキャッシュカードを盗まれ、返してほしけりゃ金払えと脅迫、五千円

同年四月、部室でキャッシュカードを盗まれ、返してほしけりゃ金払えと脅迫、五千円

以上合計五万五千円

(裁判長裁判官 河本誠之 裁判官 梅津和宏 裁判官 小林邦夫)

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